【久米島の過去・現在・未来を紡ぐ】第1章「歴史を知る意義とは?」

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島暮らしのおかもってぃ
地域おこし協力隊。東京生まれ東京育ちのシティボーイ。マニアック過ぎて役に立たない久米島情報を発信中!
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人には人の、生きてきた人生があるように、

土地には土地の、紡いできた物語があります。

 

歴史を紐解きながら、久米島の過去・現在・未来を紡ぐストーリーを描いていきたいと思います。

本日は第2回で第1章「歴史を知る意義とは?」(ややこしくてすみません、汗)

第0章はこちら「はじめに」

歴史を知る意義とは?

足元を深く掘れ、そこに泉がある

2014年5月に発表され、世間に衝撃を与えた増田レポートによれば、896もの自治体が『消滅』の危機にあるといいます。

そんな未曽有の危機の中、ゆるキャラやとりあえずの外国人誘致など、多くの自治体が出来合いの解決策を輸入しているだけ。

成功している自治体もありますが、上手くいかなかった例は枚挙にいとまがありません。

 

自分自身のことを考えてみても、深い自己理解をなしに未来を描くことは出来ません。

それは、自治体、島という単位でも同じはずです。

 

島の価値観、島の歴史を知ることなしに、島の未来を描くことは出来ません。

 

超少子高齢化、人口流出、いまだかつてない危機に瀕している今だからこそ、地域に深く根差し、地域に立脚した視点から島の未来を描かなければならないと思っています。

 

『足元を深く掘れ、そこに泉がある』

といったのは哲学者のニーチェです。

 

外来の何かにすがるのではなく、まずは自身を深く知ること。

その努力がかけがえのない価値を生むのだと思います。

 

インターネットが普及し、誰でも膨大な情報にアクセスできる現代において、どこにでもあるような施策は、もはや人々の心に残らないし、刺さりません。

 

地域独自の、地域だからこそできる何かを打ち立てて初めて、感動を与え、人々を魅了することが出来るのだと思います。

 

とまあ偉そうに語ってしまっていますが、僕は地方創生の専門家でもなんでもありません。

だから具体的にこうしろというアドバイスは全く出来ないし、求められてもいないと思います。

また、島に来て、まだたった2年。

そんな僕にできることは、知り得た事実をストーリーとしてつなげて、こうして共有することだけです。

 

新しい何かを発見できるわけでもありません。

過去の偉人たちが残してくれた出来事と出来事をもっともらしく繋いでいくだけ。

『分厚い書籍』として残っているため、みなが敬遠して読まないような文章を、解釈、整理し、こうして手軽に読めるようにネット上にあげることだけなんです。

 

けれど、こうして、島の過去・現在・未来をつなげ、それを多くの人に知ってもらうことで、島の価値に気付き、行動してもらえればいいなと願っています。

人を殺してはいけない本当の理由

みなさんは子供に「なぜ人を殺してはいけないの?」と聞かれたら、なんて答えるでしょうか?

 

「悲しむ人がいるし、自分だって殺されたら嫌でしょ?」

そんな風な回答がベターかもしれませんね。

 

でも、実はそこには一つしか理由がないんです。

 

「社会的にダメだと決まったから」

以上です。

 

道徳的な模範解答を示せなくて申し訳ないのですが・・・

 

今でこそ、命の価値はプライスレス、とほとんどの人が認識しています。

しかし、一昔前まで、人間の命は簡単にお金で数えられました。

紀元前1800年頃、バビロン王朝の王、ハンムラビは世界最古の法典、ハンムラビ法典を定めました。

目には目を、歯には歯をで知られるあれですね。

石碑に刻まれた世界最古の法典、ハンムラビ法典(出典:大人の歳時記より)

そこにはこんな記述があります。

211

もし一般自由人の女を打ち、そのせいで女が胎児を流産したなら、そのものは胎児のために銀5シュケルを量り、与えるものとする。

212

もしその女が死んだら、銀30シュケルを量り、与えるものとする。

213

もし上層自由人の女奴隷を打ち、そのせいで女が流産したなら、その者は銀2種ケルを量り、与えるものとする。

214

もしその女奴隷が死んだら、銀20シュケルを量り、与えるものとする。

(ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史 上』より)

人の命がやすやすと、貨幣で換算されてるんです。

 

当時、女性も奴隷も、男性の『持ち物』に過ぎませんでした。

物と同じだから、破損して使えなくなったら賠償金を払う、それだけだったんです。

 

中世ヨーロッパ、魔女狩りが横行していた頃、処刑は庶民の見世物でした。

処刑されていく者に対し、ヤジを浴びせかけ、時には石を投げて積極的に処刑に協力したといいます。

中世ヨーロッパの魔女狩りの様子(出典:mementmoriより)

「こんな非人道的なことが許されるわけがない」

「自分だったらそんなことは絶対に出来ない」

 

ありがたいことに僕らがそう思えるのは、僕らが今の時代を生きているからに他なりません。

当時の人々にとってはこれが当たり前で、当然のことだったんです。

 

このように、歴史を紐解けば殺人が合法的に行われていた例は枚挙にいとまがありません。

だから、普遍の真理として、殺人を罪に問うことは不可能なんです。

 

殺人を例に取りましたが、世の中のありとあらゆるルールが実はそうなんです。

何一つとして絶対的に正しいことはありません。

社会的にそうだと、思われているからそう思っているに過ぎないんです。

 

僕らは自分たちが思っている以上に、僕らは周囲の環境の影響を受けています。

というより、周囲の環境が僕らを形作っているといった方が正しいのかもしれません。

実は何一つとして、自分オリジナルなものは無いんです。

 

自分たちが今、当たり前だと思うほとんどすべてのことは、過去に生きてきた人たちが生命を賭して作ってくれた規範なんです。

島の文脈を読む

そして、島には島の価値観があります。

島で生きてきた人たちが、古来より紡いできたものがあります。

 

この島で生き、過ごしてきた人は、知らず知らずにその価値観の影響を受けていると、僕は思っています。

 

歴史を紐解くことで、島の価値観が見えてきます。

無意識のうちに、島の人たちを形作って来た何かが見えるかしれません。

 

今回の連載の目的は、久米島の歴史を概観しながら、島が有する価値観、久米島性を紹介することです。

 

とまあたいそうな作業をやっているように見えるかもしれませんが、

実はこの作業、佐藤優さんが『沖縄久米島から日本国家を読み解く』の中で既にやっています。

僕は佐藤優さんのものを踏襲し、やや付け加えているだけです。

そのため、似たようなことを言っている場所が多々あるとは思いますが、基本的にオリジナルは佐藤優さんの方だと思っていただければと思います。

久米島性とは『受け入れの力』

僕の意見ですが、久米島性は『受け入れの力』だと思っています。

同様のことを久米島町商工会、嘉手苅会長もおっしゃっています(無論、会長が先だと思います!ここ重要!!!)

人を受け入れる包容力は世界一だよ。
(中略)
久米島には人を受け入れる力が無意識のうちにある。

久米島島ぐらしガイド 島人インタビューより

水が豊富で古くから稲作を営んでいた久米島は、食料の自給自足が可能な島でした。

その余裕があったおかげか、昔から久米島の人々は外から来た人に寛容だったと言います。

 

ただ面白いのは、単なる受け入れの島ではないということ。

『受け入れの力』の僕なりの解釈は

『セジ(霊力)を読み、外部と共存する力』です。

 

『セジ(霊力)』は非人格的な霊力のこと。

これは久米島が誇る民俗学者、仲原善忠氏が定義した考え方で詳しくはまた今度紹介します。

 

セジを読むとは、潮目・天命を読むこと。

 

時代の流れを読みながら、外的な権力者やリソースと上手く共存すること。

これが久米島性であり、島の生存戦略です。

 

以降の連載では、君南風(ちんべー)、堂のひや、世直しのひや、吉浜智改、鳥島移住、など、島の生存戦略を体現してきた人物や出来事を紹介していきますが、このような素地が形作られた理由として欠かせないものがあります。

 

それが、島の宗教観です。

 

沖縄には今でも、あの世の正月にあたる『ジュールクニチー』や、お盆に祖霊を迎え、送り出す『ウークイ、ウンケー』など、祖先崇拝の行事がたくさんあります。

しかし実は、祖先崇拝の考えが入ってきたのは、按司と呼ばれる豪族たちが台頭してきた13~15世紀ごろ。

彼らは中国から儒教や仏教の精神を取り入れ、統治に利用しました。

 

それまでの沖縄にあったのは、アニミズムを起源とする御嶽の神と火の神を中心とした古代信仰です。

神がかり的な能力を有した、神女が祭事を執り行い、共同体の命運を占ってきました。

 

古くから沖縄の人たちが大切にしてきた古代信仰。

セジを読み、外部と共存する力の起源を探るために、

次回は「琉球の古代信仰を知る~火の神信仰とは?」をお届けします。

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