『久米島一目立たない按司』塩原按司の史跡を巡る

久米島一目立たない按司、塩原按司の城への入り口
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島暮らしのおかもってぃ
地域おこし協力隊。東京生まれ東京育ちのシティボーイ。マニアック過ぎて役に立たない久米島情報を発信中!
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こんにちは。

島暮らしのおかもってぃです。

 

12~13世紀ごろ、沖縄に『按司』と呼ばれる豪族が現れます。

それ以前の沖縄では、邪馬台国の卑弥呼の様に女性が共同体のトップに君臨していました。

ですが武力を背景に、按司たちは住民を支配していったんですね。

その後、元々いた神女は按司たちの繁栄のために加持祈祷を行うようになりました。

 

ここ久米島でも、14世紀頃に外部から按司がやってきて、住民を支配し始めます。

有名なのは久米島全島を統一した伊敷索(ちなは)一族

具志川城、宇江城など、今なお立派な城跡が残っていて観光名所にもなっています。

また、久米島の中高生が作り上げるミュージカル『現代版組踊』においても、彼らの栄華と衰退が描かれています。

 

でも実は久米島に降り立った按司は他にもたくさんいるんですね。

きらびやかな伊敷索一族を後目に、彼らはきっと辛酸をなめていることでしょう。

その一人が塩原城(スハラグスク)を建設した塩原按司(スハラアジ)

 

久米島で按司たちが勢力を誇ったのは、15世紀から16世紀の初頭、80年ほどだと言われています。

実は伊敷索一族が活躍したのは、その最後30年間だけ。

それよりも前から久米島にやってきて勢力を誇った按司がたくさんいたんです。

塩原按司も按司時代の初期に久米島を訪れた、いわばパイオニア

でも伝承もほとんど残っていないため、ほとんどの人が知りません!笑

今日はそんな『久米島一目立たない按司』、塩原按司をフィーチャーします。

唯一残る間抜けな伝承

そうは言っても、塩原按司に関しての記録はほとんど残っていません。

唯一残るのが下記の間抜けな伝承。

塩原の按司、取らぬ計算
塩原の按司はあるとき、家来をつれて海岸に出たら、
大きなジュゴンが海岸に寝ていました。

按司は大いに喜び、この頭は誰に、
胴体はどこどこにあげようという送り先を
家来に命令し得意になっていると、

バタンと音をさせて、
ジュゴンは海に飛び込んでしまった。
(仲原善忠『久米島史話』より)

「取らぬ狸の皮算用」と同じ意味ですね。

これだけ聞くとなんか大したことがないな~と思ってしまうのですが、塩原城はかなりしっかり作られているんです。

先日初めて探検してきたので、次は塩原城について紹介していきたいと思います!

塩原城について

塩原城は字銭田の南方にある塩原ムイと呼ばれる台形状の山の頂上に位置している城です。

下から見上げるとただの山です。

銭田集落の方から見た塩原城。木々に囲まれていて何も見えない

『風の帰る森』が出来ると言われている銭田森林公園の少し先に、塩原城への入り口があります。

塩原按司の城への入り口。草に覆われていて道が見えない。

『塩原城』と書かれた案内板はあるのですが、見ての通り、城までの通路は草ボーボーです。

手入れがされているかどうか定かではありません。

まあ、こんなところに来る人の方が少ないんでしょうが・・・

久米島一目立たない城、塩原城へ登る道。一応階段がある。

一応階段が作られているところもあります。

久米島一目立たない城、塩原城へ登る道。ここは遊歩道になっていて歩きやすい。

遊歩道みたいになっていて歩きやすい場所もありますが・・・

久米島一目立たない城、塩原城へ登る道。もはやただの岩場!

ただ岩がごろごろしている場所だったり(城のあとかもしれませんが・・・)、

久米島一目立たない城、塩原城へ登る道。もはやただの草むら。ハブが出ないか本当に恐怖。

もはやただの草むらでしかない道なき道を踏みしめて進みます。

正直、ハブが出るんじゃないかと気が気でないです。

1回明らかに、『何かが這いずる音』が草の中から聞こえてきて心底ビビりました。

 

歩いて5分くらいでしょうかね。

ようやく頂上にたどり着きます。

びっくりしたのがこの開放感!

久米島一目立たない城、塩原城の頂上。鬱蒼としたジャングルを抜けると開放感のある景色に出会えます。

ハブに遭遇する危険と隣り合わせの中、鬱蒼としたほぼジャングルを潜り抜けて来たせいもあり、非常に感動的!!!

頂上からは奥武島、イーフビーチ、ハテの浜も見下ろすことが出来ます。

塩原城の頂上から見た風景。右手に見えるは奥武島とハテの浜。 塩原城の頂上から見た風景。久米島の集落が見渡せる。

この風景を眺めながら、当時の按司は何を思ったんでしょうか。

久米島一目立たない城、塩原城の城壁の跡

こちらが今も残っている城壁の跡です。

安山岩を自然のまま、無造作に積み上げて作られています。

このような積み方を『野面(のづら)積み』と言います。

中には1トン以上にもなるかなり大きな岩もあり、当時の技術でどのように運んだかはよく分かっていないそうです。

城の設計図

無造作に積み上げられた岩で出来ているこの塩原城ですが、設計図を見てみるとその頑強な作りに驚かされます。

久米島一目立たない城、塩原城の縄張図

塩原城縄張図(1999年3月沖縄県教育庁文化課文化課紀要第15号より)

僕がたどり着いた頂上は図のI、標高124m地点にあたるところです。

頂上の周辺の石垣だけでも、総延長は150mにも達します。

さらに、その周りには総延長300mにもなる石垣が張り巡らされています。

琉球の城は整地を行わずに山の斜面に沿って石を積んでいくものが多いのですがこれもその一つ。

ただの斜面にこんなにも石を積み重ねるなんて本当にすごいですよね。

久米島一目立たない城、塩原城に作られた排水溝

かなりマニアックですがこちらは排水路の跡。

当時の建築技術に基づいて、論理的に築城されたことがよく分かります。

さらにこの塩原城、外敵への防御も十分に考えられて作られています。

久米島一目立たない城、塩原城の縄張り図

城の外部にある石垣は、ここで敵を撃退するための防衛線。

また城の周りを人為的に掘削し、急斜面を作ることにより外敵の侵入を阻止しようとしているようです。

う~む、塩原按司、見直しました!!!

まとめ

以上、久米島一目立たない按司、塩原按司の紹介でした!

案内板はあるけど、観光客も訪れないマニアックなスポット『塩原城』。

安易に訪れては行けません

おススメしません!笑

 

なぜなら、城までの道は足元が見えずらい草むらを通らなければならないことも多く、非常に危険だからです。

長靴を履くなど、ある程度対策を行ったうえで行きましょう。

 

ただ間抜けな伝承しか知らなかった塩原按司。

城の作りを見て知って、かなり印象が変わりました。

みなさんにもその感動を少しでもお届けできればと思い、この記事を書いた次第でございます。

 

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最強の城はどれだ!?久米島の城 No.1決定戦!!!

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観光する前に知っておきたい!詳解久米島の歴史:按司時代の終焉

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最後までお読みいただきありがとうございました。

それでは素敵なKumejimaLifeを♪

久米島一目立たない按司、塩原按司の城への入り口

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